最高裁判所第三小法廷 昭和26年(あ)3756号 判決 1953年5月12日
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人前堀政幸の上告趣意(後記)第一点について。
記録に基き第一審公判調書を検討するに、第一審裁判所は、第二回公判において、本件公訴事実に直接関係のある尾田清一郎外四名の証人を尋問し、検察官提出の診断書その他の証拠書類を取調べ、第三回公判において、更に前川常夫外一名の証人尋問をなし、検察官から更に物証並びに書証の提出があった後、所論証人石橋茂の尋問請求が所論の如き立証趣旨の下になされたのに対し、第四回公判において右請求を却下しているのである。ところが第一審裁判所は、その後当事者双方の提出申請にかかる証拠や証人の取調をなしたる後、第九回公判において、検察官が、先きに、被告人に有利な証言をなした、被告人の下僚若しくは上司である。福岡叛治、小椋毅等の供述の証明力を争い、被告人に暴行の習癖のあることを立証するため、刑訴三二八条に基き反証として、石橋茂及び広部博の各検察官に対する供述調書の取調を請求したのに対し、弁護人検察官双方の所論の如き応酬があった後、右の如き取調請求は、刑訴三二八条の趣旨に合致しないものとして、これを却下したところ、検察官は一転して、右石橋、広部の両名の証人尋問を、反証としてでなく、被告人に暴行の習癖のあることの情状についての立証として請求するに至り、これに対し、弁護人の反対意見の開陳があったが、第一審裁判所は、その採否を留保したまま、被告人尋問をなし、所論の如き問答を重ねた後、右両証人の尋問請求を情状に関するものとして許容し、その証拠決定に対する弁護人の異議を斥け、第一〇回公判において、右両証人を尋問し、同人等は被告人が同人等をかつて被疑者として取調べた際自白を強要して暴行を加えた旨を供述しているのである。そして弁護人から右証人尋問中になされた所論の如き証拠調に関する異議の申立に対し、同裁判所は、所論の如く「この証人尋問は被告人の情状に関する証拠調である。裁判所は要証事実に関する証拠調は既に終了したものと考えているので被告人の性格に関する立証を許したのであって弁護人主張の予断を抱かしめる虞はない」とし、英米法に触れた後、これと異なる我が国の法制下においては、要証事実に関する証拠調の次に随時情状に関する証拠調をすることができるから、被告人に不利益なものを先にすると利益なものを先にするとを問わない。従って本証人尋問及び弁護人から被告人の善い性格又は利益な情状についての立証は当然許されるものであるとの見解を表明し、弁護人の右異議の申立を却下しているのである。
以上の経過に徴し、所論の是非を仔細に検討してみても前記の如き第一審裁判所の措置が所論の如く、予断又は偏見に基く不公平なものであるとは到底認めることはできない。しかも前記公判の経過に照し明かなる如く、第一審裁判所は、当事者双方に、要証事実に関する立証を一応尽さしめた後に、検察官の申請にかかる所論の証人を、情状に関するものとして尋問しているのであって、同裁判所も説示する如く、いわば要証事実に関する証拠調を終了し、量刑に関する諸般の情状を調査する手続上の段階において、右の如き証人尋問がなされたということができるのである。そして、所論証人尋問が、被告人に暴行の習癖のあることを立証せんとするにあったとしても、それは勿論本件公訴事実の立証の為のものでなく、量刑に関する情状に関するものと認むべきであり、かかる証人尋問を、かかる手続上の段階において制限すべきいわれはないから、第一審の右の如き公判手続に所論の如き訴訟法の違反があるということはできない。この点に関する原判決の説示は総て正当である。してみれば所論違憲の主張は、その前提を欠くこととなるから、論旨は採用するを得ないのである。
同第二点について。
本論旨は、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。そして、論旨第一点に対し説示した如く、第一審裁判所には、証人石橋茂、広部博の尋問申請の採否を巡り、所論の如き予断偏見に基く不公平な措置があったとは到底認めることはできないし、従ってまたこの点に関する原判決は正当なのであるが、記録に基き原判決を検討するに、原審が採証した、証人尾田清一郎の証言を仔細に調べてみても、被告人から暴行を受けたという供述部分とその暴行の結果傷を受けたという供述部分とが所論の如く不可分一体をなすものであって、傷を受けたという供述を措信しない以上暴行を受けたという供述を措信しない以上暴行を受けたという供述もまた当然に措信し得ない関係にあるものと認めることはできない。右尾田証人によって、原判決摘示の本件犯罪事実を認定することは、必ずしも所論の如く経験則に反するものということはできない。論旨は結局、原審の証拠の取捨判断をいわれなく非難するに帰するものであって、採用することができない。
その他記録を調べても、刑訴四一一条を適用して原判決を破棄するに足る事由を発見するを得ない。
よって同四〇八条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井上 登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)